「早く行きたいなら1人で行け、遠くまで行きたければみんなで行け」という格言があります。
1人ができることには限度がある。開業後に事業を拡大しようと思ったら、誰かに手を貸してもらうタイミングがやってくるでしょう。
でも、人を雇うって不安ですよね。
お給料を支払っていけるのか? 期待通りの成果を出してくれるのか? 考え出したらキリがない。そんなとき、商いの先輩たちはどのように不安を払拭してきたのでしょうか?
そこで、人気スペイン郷土料理店「サル イ アモール」「アロセリア ラ パンサ」「バル ポルティージョ デ サルイアモール」を経営する岡本ビクトルさんにお話を伺いました。
岡本さんは29歳で創業し、今年で開業7年目。お店は4年連続でミシュランガイドに掲載されました。
今回は、ビクトルさんがお店を立ち上げるまでの経緯や、マネジメントに対する考え方、そして今後のビジョンについて、お話を伺いました。
岡本ビクトルさん
スペイン郷土料理店「サル イ アモール」「アロセリア ラ パンサ」オーナー。J.S.A.認定ソムリエ。
2012年に1店舗目「サル イ アモール」を代官山に出店。
当時、国内では珍しかったパエリア専門店として注目を集め、ミシュランガイド東京で2015年から5年連続ビブグルマン(ミシュランガイドの格付け、5000円以下で食事ができる安くてコスパの良いお店に贈られる)に選出される。
2017年に銀座に出店した「アロセリア ラ パンサ」もビブグルマンに選出。2019年5月には「バル ポルティージョ デ サルイアモール」を中目黒に出店。本格的なスペイン料理をカジュアルに楽しめる店として、人気を集めている。
◎「サル イ アモール」HPはコチラ ⇨ http://salyamor.com/
◎「アロセリア ラ パンサ」HPはコチラ ⇨ http://la-panza.com/
◎「バル ポルティージョ デ サルイアモール」HPはコチラ ⇨ http://bar-portillo.com/
父は老舗スペイン料理店のオーナー、店を手伝う中で自然と芽生えた独立心
ーまずは現在に至るまでの経緯を教えてください。
僕はスペイン人の父と日本人の母の間に生まれて、日本で育ちました。父はスペイン郷土料理店を経営していたので、食卓には常にワインやオリーブオイルがあったんです。スペインの食文化はとても身近なものでした。
父の店は40年以上続く老舗として、現在も営業しています。当時は「スペイン人が経営するスペイン料理店」として、国内でも珍しいお店だったようです。
ーお父さまもスペイン郷土料理店を経営されていたということは、幼い頃から飲食業が身近だったのですね。
はい。こどもの頃から父の店を手伝っていたこともあり、僕が2代目になると思っているお客さまは多かったようです。
そんな環境だったので、「父の店を継ぐのか? それとも他に新しいことをするのか?」と考えるところから僕のキャリアはスタートしました。
ーなぜお父さまの店を継がずに、独立を選んだのですか?
大学を卒業した後は父の店を手伝っていたのですが、「こうしたらもっと店が良くなるんじゃないか?」と思うことが増えてきたんです。
父の店は老舗です。長年通ってくださるお客さんもいますし、味やサービスを急には変えられない。今では理解できますが、若い僕には物足りなくて「こうしたら良いのに」が積み重なっていきました。次第に「自分で店をやってみたい」という気持ちが強くなっていったんです。
じゃあ何の店を開こうかと考えてみたら、新しいことをやるよりも、常に身近にあって、自分自身が大好きなスペインの食文化をもっと世の中に広めていきたいと思いました。そこで、スペイン郷土料理店として独立を決意したのです。
1店目はパエリア専門店、日本で親しまれる「お米」に勝機を見出した
ー1店舗目「サル イ アモール」のコンセプトは「パエリア専門店」ですが、どのように決まったのですか?
「サル イ アモール」の初代シェフは、僕が大学時代にスペインに留学してできた友人でした。彼はマドリードにあったスペイン料理店で働いていて、得意料理はパエリアでした(笑)。
それがアイデアのタネだったんです。そういえば、当時はパエリア専門店は国内にほとんどなかったんですよ。
ーそうだったんですか!? 初物はお店の優位性になりますが、先駆者がいない分、不安になりませんでしたか?
確かに「日本人には喜んでもらえないんじゃないか」という意見もありました。でも考えれば考えるほど、パエリア専門店は受け入れてもらえる気がしたんです。
だって、日本人は幼い頃からお米を主食にしている人が多いじゃないですか。コンビニやスーパーにはおにぎりが必ず並んでいるし、丼物の専門店もたくさんある。
パエリアは、日本人に親しまれているお米を使った料理です。豊富なメニューとトップレベルの味で勝負すれば、絶対にお客さまに喜ばれると確信しました。
ー出店当時の様子はどうでしたか?
国内でも珍しい業態だったのでメディアにも取り上げて頂き、たくさんのお客さまが訪れてくれました。肉のパエリアや、イカスミのパエリアなど「こんなパエリアもあるんだ!」と驚きの声をいただき、とても嬉しかったですね。
今年で出店して7年目ですが、今では日本人・スペイン人問わず常連客が数多くいらっしゃいますし、新規のお客さまもたくさん来てくださいます。世間の考えに左右されず、自分の考えを信じて出店して、本当に良かったと思います。
スタッフを成長させる人になりたい、店舗の規模拡大でマンパワーの限界を感じる
ーその後、お店は順調に成長し、3店舗目もオープンしています。関わるスタッフさんも多くなっていると思いますが、どのような組織を目指しているのでしょうか?
僕は開業当初から「意見を活発に言い合えて、ずっと上を見続けるような、成長志向の組織を作りたい」と思っていました。
その点は、かなり実現できていると思います。
僕が経営しているどの店舗でも、現場で働くメンバーから、メニューや店のサービス、さらには会社経営まで幅広く意見や改善要望が出ています。
僕も意見を言うので、当然ぶつかることもありますが、その時はとことん話し合います。実際、話し合うほどいい料理やサービスが生まれています。
ーメンバーが高い意識を持って、自走できる組織は強いですよね。どのようにそういった環境を構築していったのでしょう?
経営者である僕自身が、仕事への“熱量”が高いんです。
会社に入社してくる人は、何かしら目的を持ってやってくると思うんです。その目的は人によって異なりますが、それを実現させる会社であるためには、まず経営者である僕自身が、この会社で自分のやりたいことを実現していないと。
社員のお手本、というわけではありませんが、僕が自分のやりたいことを仕事で体現していたら、結果的に社員も“熱量”を持って仕事をするようになってくれました。
ーお話を聞くと順風満帆のようですが、課題を抱えていたりはしていませんか?
実は今まさに、新しい課題に直面しているところです。
自分が一生懸命になるあまりに、メンバーに習得してほしいことが「自分にしかできないこと」になってしまっているんじゃないかと思うことがあるんです。
ー具体的にどういうことでしょう?
新店舗を立ち上げる時は、オープンからしばらくは僕も現場に入ります。その間に、サービスをしながら気づいたことをどんどん改善していきます。今まではこうして新店舗を軌道に乗せてきました。
でも、自分が現場に出ることが正しいのかと聞かれると、「分からない」というのが正直なところです。
なぜなら、自分のアイデアによって売り上げが上がったとしても、単なる僕のマンパワーであって、組織の成果とは言えないですよね。
自分以外に店舗を軌道に乗せる人間を作っていくのが、経営者の役割ですから。
それに、今のやり方はまだ数店舗の規模だからできることであって、これが30店舗目でも同じやり方ができるかというと難しい。
この点において、僕は組織のトップとしてまだまだだなと感じています。会社を大きくするだけでなく人を成長させられるよう、僕自身が成長する必要があると切実に思っています。
最初は無鉄砲なくらいでちょうどいい。新しいことを始めるタイミングは「自分に自信を持てたとき」
ー会社の成長とともに、新たな課題に直面しているのですね。そんなビクトルさんの、今後の目標を教えて頂けますか?
今後も店舗をどんどん増やしていきます。都内だけでなく地方や海外への出店も目指したいです。僕自身が、肩肘張らずに「ワイワイ楽しめる」スペインの食文化が大好きなので、もっと多くの人にこの空間を楽しんでもらえるようにしたい。
あとは、メンバーがさらに上を目指してチャレンジできる土壌を整えることも、僕の責任だと考えています。そのためには、今の店舗数ではまだまだ足りません。お客さまのためにも、メンバーのためにも、規模を拡大することを目標にしています。
ー最後に、新しいことを始めようと思っている読者へ、メッセージをお願いします!
飲食に限らずですが、何か新しい事業を始めるときは、最初は無鉄砲なくらいで丁度いいと思います。誰に何と言われようと「絶対にこれでいける」と、自分自身が信じることが大切です。
一方で、走り出した途端に、最初は見えていなかった課題が山のように現れます。たくさんのやるべきことを前に「何でこんなに大変なんだろう?」と思うこともあるでしょう。
それでも僕が大丈夫だったのは、目標に向かうための“熱量”が自分の中にあるからです。“熱量”は、目の前だけを見ていたら持つことは難しい。
事業を始める前に「どうしても実現したいビジョン」を持つから生まれてくるものだと思います。
弱気になってしまう内は、まだ始めるタイミングではないのでしょう。自信を持って「これがやりたい!」と思えた時が、スタートを切る瞬間なのかもしれません。