ひょんな出合い(物・会社)をきっかけに福祉の世界へ。
介護現場の最前線で見たものは、行政主導の福祉サービスだけでは、超高齢社会と向き合うのは難しいという現実。
その状況を打破するために手持ち資金10万円から混合介護の「夜間対応型デイサービス」事業を立ち上げた藤田英明さん。
その後、さらなる社会貢献のために株式会社日本介護福祉サービスを設立し、全国に。
最終的に約900店舗にまで拡大させた手腕は福祉産業の革命児と称えらえることもあった。
そんな藤田さんが現在力を入れている、ペットと福祉の融合は、愛猫の死と深く関わっていたという意外な事実が。
2018年にスタートした “保護犬・猫と暮らす障がい者グループホーム「わおん」”とこれからの福祉について、さらにお話を伺った。
藤田 英明(ふじた ひであき)さん
1975年11月生まれ。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業
1998年より福祉の世界に従事、社会福祉施設の現場介護業務、経営などを経て、
2004年に夜間対応型の小規模デイサービスを行う施設を埼玉県熊谷市に開設する。
2007年に株式会社日本介護福祉グループを設立。
2016年より株式会社CARE PETS代表を務める。
車、サーフィン、フットサル、読書と多趣味。1日に1冊を読破する読書家。5匹の保護犬と4匹の保護猫と共に暮らしている。帰宅後に行う8kmの散歩は、忙しい暮らしに癒やしをもたらすかけがえのないひとときだそう。
人も動物も等しく老いていく
その現実を目の当たりにしたことが事業の転機に
―介護事業で900店舗まで拡大してからCARE PETSへとステージが変わりましたね。どのような流れだったのでしょうか?
飼っていたクロちゃんという猫の死がきっかけといえばきっかけでしょうか。
もともと小さな頃から、犬や猫を拾ってくるような子どもだったので、いつの間にか自宅には犬や猫がわんさかと(笑)。
クロちゃんは私が小学校6年生の頃に拾ってきた子でした。
ずいぶんと長生きしてくれて29歳で息を引き取りました。
29歳といっても人間でいうと170歳くらい。人間と同じように、亡くなる1年前くらいから、だんだん体が不自由になっていったんです。
生前のクロちゃん
―動くこともできないみたいな?
その程度ならまだ苦しまなかったでしょうね。
クロちゃんの場合は、その場でクルクル回ったり、失禁といったある種、認知症のような症状です。
犬や猫も年を取り、満足に動くこともままならない。人間と一緒です。
そんな現状の解決に少しでもお役に立つために、「動物看護師」が介護・看護ペットシッターを行う、ホームケアサービスをスタートさせたのです。
―そこからペットと福祉に本格的にシフトしたということですか?
そう言われると、もっと前からその思いはありました。
何も悪くないのに、捨てられたり、殺処分される生き物がいることは、小さな頃から知っていました。
どうやればそんな現実を変えていけるか?
漠然としたその思いは具体策を持たないまま高校、大学、社会人になっても胸の奥でくすぶり続けます。
それを現実のものにしてくれたのが、クロちゃんという存在だったのです。
類まれなビジネスモデルは各種メディアにもとりあげられた
社会問題の解決に糸口を
組み合わせてできたのは前例のない福祉の姿
―なるほど、クロちゃんに感謝ですね。ところで、2018年よりスタートした障がい者グループホーム「わおん」も先ほどご紹介いただいたホームケアサービスと同様の発想からでしょうか?
“ペットの尊厳を大切にする”という部分は共通していますね。
「わおん」は、ペットの殺処分削除、障がい者の生活・就業支援、空き家対策、福祉従事者がいきいきと働ける環境づくりといった、いくつかの要素が組み合わさることで、本当の価値を提供できるビジネスモデルなんです。
―いずれも社会問題として注目されるキーワードですね。
「わおん」を分かりやすく一言で説明すると、「障がい者向けの支援付シェアハウス」です。
空き家となっている家を賃貸施設として利用、そこで障がいをお持ちの方が生活をします。
普通の一軒家ですが、入居者それぞれに個室をご用意するのでプライバシーも保たれます。
人数も4、5名ほどの少人数で生活します。
当たり前の暮らしを当たり前に
障がい者の社会進出の起点となる場所として
― 一軒家で共同生活を送るということですか?
そうですね。
ただし、障がい者向けの賃貸ビジネスではありません。
住まいには、入居者の生活をフォローするスタッフが朝から夜まで滞在し、掃除や洗濯、利用者に合わせた手づくりの食事など、日々に生活をサポートします。また、病院との連絡・報告など、外部との連絡役も担います。
家庭の香りと人との交わりを感じるマイホームとなるわけです。
利用いただけるのは18歳~64歳で、「軽度知的障がい者」「発達障がい者」などの比較的軽度な障がいをお持ちの方です。
パッと見は判断できませんが、なにがしかの理由で心身のコンディションを崩した方が、障がい者の認定を受け、暮らしを共にしているケースもあります。
ちなみに、入居される方の大半が一般企業に障がい者雇用枠で社会復帰をしているんですよ。
―ところで「ペットの殺処分軽減」との関わりは?
いい質問ですね。「わおん」が一棟できるごとに、最低1匹保護犬・猫を譲り受けます。
障がい者とスタッフが保護犬・猫と一緒に生活するんです。
これがとても大事なポイントです。
アニマルセラピーという言葉があるように、動物が介在することで、暮らしの質(QOL)は高まるのです。
―犬がいることで癒やされるというか、みんなが笑顔になれるみたいな?
そうですね。
例えば入居者とスタッフだけの関係だと、やはりギクシャクする場面だってある。
お互い人間ですからね。でも、そこに犬や猫がいてくれることで、人間関係にワンクッション作ってくれるんです。
また、入居者の方が犬と接する様子から、その人の気持ちや性格を察することで、コミュニケーションのヒントになることだってあります。
入居者との良好な関係が築けますから、結果的にスタッフも働きやすくなる。
何より、これによって仕事のストレスも離職率も軽減されます。
犬の存在が、時として複雑になりがちな福祉現場での人間関係のいい潤滑油となるわけです。
奪われる小さな命に敬意と責任を
障がい者の方々に堅実な未来を
それが目標、大げさですが、本気です
―犬がいるだけで周囲が幸せになる。殺処分という未来しか待っていなかった犬にとってみたら、素晴らしい環境ですね。この事業で目指すことはなんでしょうか?
月並みですが、“動物と人が共生できる社会”ですね。
これだけペットブームと騒がれていますが、ペットが許可されていないレストランやホテル、公共機関が多くあります。
「わおん」のサービスがもっと認知され、動物と人はこんなにいい関係になれるんだ。ということを浸透させたいと思っています。
ところで1年間に殺処分されるペットの数をご存じですか?
―3万匹くらいでしょうか?
その約12倍、おおよそ35万匹です。
恐ろしくて悲しい数字です。
そして、全部、私たち人間のせいなのです。それをなんとかしたいと心から思っています。
介護事業所は全国に約33万カ所ありますが、それぞれがたった1匹でいいので迎え入れてくれれば、一気に減らせるのです。
―そんな未来を私も願います。最後に「わおん」とは? 率直にお聞かせください。
障がい者の方へ「温かい食事と安心して生活できる場所」を提供し、人としての暮らしから社会復帰へのキッカケを作ること。
ペットと共に生きることで、福祉従事者が直面する労働環境を少しでも良くすること。
そしてたくさんの小さな命を救う事。
このビジネスは、この3つがぴったり一致することで、実を結ぶものだと確信しています。