皆さんは洋服をどこで購入しているだろうか?
ファストファッションの通信販売やファッションに特化した巨大ECサイトなどの台頭により「安くてそこそこ質のいいもの」をネットで手軽に購入する手段が、ここ数年で急速に増えている。
当然「洋服はネットで購入する」という読者も少なくないだろう。
今回お話を伺ったのは、オーダーメイド紳士服販売「LECTEUR」を運営している、五十嵐裕基さん。
「LECTEUR」は南麻布に店舗を構え、完全予約制で接客はマンツーマンで行う。
ある種時代と逆行しているようにも思えるやり方だが、独立して2年半で、1000名を超えるリピーター(常連)が通うという。
今回はそんな五十嵐さんのキャリアを振り返ると共に、ネットで済む時代において、あえて実店舗を経営する理由について伺った。
五十嵐 裕基(いがらし ゆうき)さん
1985年生まれ。オーダーメイド紳士服販売の「LECTEUR」(レクトゥール)代表。
南麻布に大人の隠れ家のようなサロンを設け、紳士服をフルオーダーやパターンオーダーで販売する。
「提供しているものは服だが売っているものはスタイル」をモットーに、お客さまが1番映えるスタイルを提案している。
前職は大手セレクトショップの販売員。自社の商品のみにこだわらず、お客さまに最も似合うスタイルを提案する姿勢が人気を博し、独立。
完全予約制のオーダーメイド紳士服販売店「LECTEUR」を立ち上げる。
「週1回」の店頭販売からの快進撃。トップセールスを記録して見えてきた、新たな課題
―まずは五十嵐さんの経歴から教えてください。
大学では工学部に籍を置いていたので、卒業後は電子部品のメーカーに就職しました。
その会社は1年で退職したのですが、転職しようと思った時、学生時代からずっと好きだったファッションの世界に興味が湧いてきたんです。
その後、大手セレクトショップに転職し、主にバックヤード業務を担当していました。
―店頭には立っていなかったんですね。
はい。僕には販売経験がなかったので、最初は商品の在庫を管理するといった仕事から始まりました。
とはいえ販売の仕事に興味があったので、入社してある程度仕事ができるようになってから、販売の仕事をやらせてほしいと、店長にお願いしたんです。
そして通常のバックヤード業務をこなしながら、週1回だけ店頭に立たせてもらえることになりました。
―念願の店頭販売はいかがでしたか?
とても楽しかったですね。やはり自分がやりたい仕事だったので。
週1回なので、限られた時間でしかお客さまと接することはできなかったのですが、1人1人のお客さまと着実に信頼関係を築いていき、いつしか全店舗の販売員の中でもトップクラスの販売業績を上げることができました。
優れた成績を収めた販売員に贈られる社内表彰を9回受賞し、一種の殿堂入りもさせて頂きました。
―まさに、週1回の店頭販売からの快進撃ですね。
そうですね。殿堂入りを果たしてからは販売員と兼任で、商品企画にも携わるようになったのですが、新たな課題も見えてきました。
まず思ったのは給料制の場合など、がんばって商品をお客さまに販売しても、販売員にその利益があまり還元されないこと。
そうなると仕事ができる人、すなわちたくさん商品を販売できる人が会社を辞めて、別の業界に行ってしまうんです。
同じ「販売の仕事」でも、売っても還元されない給料制のアパレル業界より、売ったら売っただけ還元される歩合制の方が、たくさんお給料がもらえますからね。
腕利きの販売員がきちんと評価される世界観をどうしたら作れるか、そして実店舗でなければできないこととは何か、といった課題を解消するために立ち上げたのが「LECTEUR」なのです。
買い物はネットで済む時代だからこそ、実店舗の良さを考える
―「LECTEUR」が、そうした課題をどのように解決するのかも気になりますが、そもそもなぜ五十嵐さんが会社員時代に、週1回の店頭販売で全国トップクラスの販売員になれたのか、というお話から伺ってもよろしいでしょうか?
「お客さまがされて嬉しいことはなんだろう?」という問いを、徹底的に自問自答したから、でしょうか。
そもそも週1回しか店頭に立たない私が、お客さまに対して商品を押し売りするような接客は、ナンセンスだと思っていました。
仮にその時たくさん売れたとしても、そのお客さまに継続的に商品を買っていただくことはほぼ不可能だからです。
となると限られた時間の中で、お客さまには「私個人のお客さま」になって頂く必要があると考えたんです。
―そこで「お客さまがされて嬉しいことはなんだろう?」という問いに行き着いたんですね。
はい。短い時間で私のことを覚えていただくためには、可能な限りお客さまと「濃い」接点を作らなければなりません。
私が実践していたのは、洋服の丈や裾を調整する「お直し」のタイミングでお名前(フルネーム)を覚え、プライベートのことも含めとにかく話して関係性を構築することでした。
そして次に来店された時に、そのお客さまに合った商品について一緒に考えていきます。
ポイントは「あくまでお客さまファースト」であること。
たとえ単価の高い商品でも、お客さまに似合っていなければおすすめしませんし、仮に他店の商品の方がお客さまに合っているなら、そちらをすすめていました。
自分の利害ではなく、まずお客さまにとって最適かどうかに重きを置いて考えていました。
―そうしたスタイルだからこそ「五十嵐さんのお客さま」が増えていき、売り上げトップを記録することができたのですね。
その精神は「LECTEUR」にも引き継がれています。
現在南麻布に店を構えていますが、路面店のように誰でも入れるわけではありません。というより看板も出していないので、建物の外観を見ても洋服を売っているようには見えないでしょう。
ほとんどが、常連のお客さまばかりです。
このような形で商売しているのも「お客さまファースト」が根底にあるからなのです。
―ビジネスモデルを詳しく教えてください。
大切にしていることは、まず商品の質。
商品1つ1つの素材にこだわり、職人が丁寧に仕上げているものなど、商品そのものに「ストーリーを感じていただけるもの」を重点的に取り揃えています。
会社員時代の話にもあったように、そのお客さま本人に似合うものを提案するのはもちろんのこと、商品に「ストーリー」を感じていただくことで、愛着を持って長く着ていただくことができます。
また、「LECTEUR」は完全予約制です。
人がたくさんいる店内ですと、1人1人のお客さまの要望を聞くことはどうしても難しくなってしまいますし、お客さまも商品選びに集中しづらくなってしまいます。
最近ですと、お客さま同士がつながれるクローズドのパーティーも定期的に開催しています。
そこからお客さま同士で遊びに行ったり、仕事をしたりと「LECTEUR」が媒介となり新たな出会いも創出されています。
―1人のお客さまとマンツーマンの接客、「LECTEUR」を中心としたコミュニティーの形成など、課題を逆手に取った「実店舗」ならではの取り組みですね。
はい。もはや洋服屋の範疇を超えていると思います(笑)。
買い物そのものはネットで済んでしまう時代だからこそ、実店舗のメリットを最大限に活かしたいんです。
お客さまの満足度を高めることができれば、自然とお店に人が集まる。実店舗をそんな「人が集まる場所」にしていきたいですね。
「LECTEUR」を、腕利きの販売員たちが輝けるプラットフォームにするために
―もう1つの課題であった、腕利きの販売員が適切に評価される世界観を作る、ということについてはいかがでしょうか?
現在「LECTEUR」では、数名の販売員が在籍しています。
「お客さまファースト」という大前提は共有しているものの、基本的にはスタッフ個人の裁量に任せて仕事をしてもらっています。
お客さまが来店されるタイミングに店に来て、接客後はまた別の仕事に向かう、というスタッフもいます。
―まるで、フリーランスの販売員ですね。
まさにその通りです。
「LECTEUR」では商品が売れた分だけ、スタッフに利益を還元しています。おそらく一般的なアパレル企業の割合よりもかなり高いはずです。
お客さまファーストであるためには、最前線でお客さまと関わる販売員にも満足してもらわないといけません。
―五十嵐さんのこれからの展望を教えてください。
商品・サービスの両面での質を向上させるのと同時に、会社の規模も大きくしていきたいですね。
日本のみならず、海外のお客さまにも支持していただけるような仕組みを、現在検討しています。
また、そのためには優秀な販売員たちを数多く育成する必要があります。
まずは「アパレルの販売員って稼げるし、やりがいのある仕事だよね」という価値観の醸成が不可欠です。
「LECTEUR」はその第1歩として、腕利きの販売員たちが活躍できるプラットフォームとなっていけたらと思っています。