「SUGAR DROP」竹内絵美子さん
アントレ編集部がやってきたのは、ゆったりとした時間が流れる湘南地区・鵠沼海岸
取材地は、湘南のサーフポイントとして知られる鵠沼海岸。
夏場はサーフィンや海水浴に訪れる人たちで賑わうそうですが、取材日である初夏の一日は、街もどこかのんびりとした雰囲気。住宅街のなかに、小さなカフェや雑貨店が立ち並び、ゆったりとした時間の流れを感じる、暮らしやすそうな街です。
自宅キッチンを改装して、
オーダー制のスイーツを製造販売
駅前で竹内さんと待ち合わせ、鵠沼海岸駅前にある「カブトスカフェ」(http://www.kabutos.jp/cafe/)さんで、お話を聞くことに。カフェの店内は落ち着いた雰囲気で、ゆっくり会話ができました。
今回お話を伺うのは、この街で生まれ育ったという竹内絵美子さん。
自宅のキッチンを改装した工房で、オーダー制のスイーツを製造販売しています。
お子様は中学3年生と中学1年生の男の子、小学6年生の女の子。3人ともサッカーをしているそうで、「子供たちの応援で日焼けしてしまって」と笑う姿がとても親しみやすい雰囲気の素敵な女性です。取材を受けるのは初めてのようで、少し緊張されているようにも感じます。
お誕生日会で作ったケーキがママ友の間で評判に
見た目だけでなく、素材や味へのこだわりも
――お菓子作りは昔から好きだったのですか?
「はい。小学生のころから母と一緒にケーキやクッキーを作っていました。自分の想像通りにでき上がるのが嬉しくて、子どもながらに“達成感”を得られる喜びを感じていました(笑)。短大で栄養学を学んだのですが、栄養士として就職するよりも、やっぱりお菓子作りの仕事をしたいと思い、日本菓子専門学校に入学。卒業後は西鎌倉や葉山の洋菓子店で4年ほど働きました」
25歳の時に結婚、長男出産を機に家庭に入りますが、子供の誕生日会で作ったケーキがママ友の間で評判に。「うちの息子の誕生日にも作って」「友人のウェディングケーキを作って」とジワジワとオーダーが増え、口コミで広がっていったのが始まりだそうです。
これまで竹内さんが作られたケーキの写真を、いくつか見せてもらいました。
サッカーボール型のケーキ、人気キャラクターをマジパンやチョコレートで立体的に表現したケーキ、茅ヶ崎の建設関係の会社の新社屋完成記念に作った、会社のロゴマーク、工事現場、ヘルメットをかたどった3種のケーキなど、どれもとっても繊細なつくりでオリジナリティに溢れています。
こんな世界に一つだけしか存在しないケーキを届けてもらえたら、誰もが笑顔になりますよね。竹内さんのケーキが口コミで広がっていったというのも納得です。
お客様からは「普通のお店にはなかなか頼めない細かいオーダーにも応えてくれるので嬉しい」「作り手の顔が見える、という安心がある」との声をいただいているそうです。
もちろん、見た目のかわいらしさだけでなく、味や素材にもこだわっています。
「ハワイアンイベントでは、パッションフルーツ味やマンゴー味、ライチで海をイメージしたマーブル模様のマカロンを作りました。テーマに合わせて形や味を考えるのが楽しいですね。また、保存料はいっさい使わず、子供が口にしても安心な材料を使っています」
喜んでもらいたいから…。
一つひとつのオーダーに丁寧に向き合う
――もう一度、お店で働くという選択肢はありませんでしたか?
「当時は、子育てと製菓店勤務の両立は難しいのではないかと思っていました。
お菓子づくりはハードワークですし、労働時間的にも厳しいのではないかと…。
ただ子育てがひと段落したころ、少しでもお菓子に携われるかと思い、レストランのキッチンスタッフのアルバイトを始めました。最初は調理補佐や洗い場からのスタートでしたが、お菓子作りができるということで、ウェディングケーキなどにも関わるように…。
時を同じくして、オーダーの仕事も少しずつですが増えてきたこともあり、
思い切って、そちらに集中することにしました」
現在は、家事や育児とのバランスを重視し、口コミの他はFacebookで情報をアップするくらいしか宣伝活動はしていないそう。クリスマスや卒業シーズン、イベント用の大口注文が入った時は忙しくなりますが、通常は週に3回程度、バースデーケーキなどの注文を受けるペースで働いています。
「収益はそれほどありませんが、心の余裕がなくなるよりも、一つひとつのオーダーに丁寧に向き合いたいと思っています。毎回、初めて作るものばかりなので、『イメージ通りにできるかな?』というプレッシャーはありますが、『おいしかった』と喜んでもらえたり、『またお願いします』とリピートしてくださるのが励みになっています。そうえば、中学生の女の子がご両親に内緒で結婚記念日用のケーキをオーダーしてくれたこともあるんですよ。何だかホッコリしちゃいますよね」
自身も3人のお子さんをお持ちなので、こんな思いのこもったオーダーに精一杯応えてあげたのだと、想像できます。お話をお聞きしていると、どのエピソードもとても嬉しそうに語る竹内さん。
すべてのオーダーに対し、キチンと受け止めて、丁寧に制作されているんだと感じます。
尊敬する豆腐職人から学んだ、続けることの大切さ
そんな竹内さんが「職人として尊敬しています」と話すのが、近所の「大久保豆腐店」のご主人。御年84歳。60年以上、豆腐作りをしてきた大先輩です。子供のころからこちらのお豆腐を食べてきたという竹内さん。
ご友人がこちらのお店のお嫁さんという縁もあり、去年からおからドーナツを店先で販売しています。
月に2回、夕方16時30分前後からの販売。フレーバーは、プレーンやチョコレート、抹茶など、日によって異なる。住宅街に揚げたてドーナツのいい匂いが漂うと、ご近所さんが集まり始め、店先にはあっという間に行列が。
小銭を握りしめてやってくる小学生や中学生の姿も。
気軽につまめる小さめサイズで、10個、20個とまとめ買いする人が多く、400個が2時間足らずで売り切れてしまうという人気ぶりです。
夕暮れ時、お豆腐屋さんの店先に大人も子供も集まって、みんなで揚げたてをパクリ。おいしい笑顔が広がっていく…。なんだか、とてもいい光景だなぁとしみじみしてしまいました。
「一人ひとりのお客様と向き合って、顔が見える関係を大切にしたい」そう語っていた通りの竹内さんの姿がそこにはありました。
「お豆腐屋さんのご主人は『死ぬまで豆腐屋です』といつも話していて、その職人魂は本当にカッコいい!同じことをずっとやり続けるというのは、簡単なようで難しい。でも続けていれば、必ず見てくれている人がいる、花開く時がくると信じています。今は家庭と仕事のバランスを大切にしたいと思っていますが、いずれ子供たちが巣立って自分の時間がもっと持てるようになったら、新たなチャレンジもしてみたいですね。」
【プロフィール】
竹内絵美子さん
1974年、神奈川県生まれ。短大の栄養科、日本菓子専門学校を卒業。鎌倉や葉山の洋菓子店に勤務後、出産のため退職。子育てしながらお菓子を作り続け、2015年、菓子製造業営業許可を取得し、自宅キッチンを改装。オーダー制のスイーツ工房「SUGAR DROP」を本格スタート
取材・文/和泉ゆかり(株式会社サンポスト)
撮影/四宮義博
取材協力/カブトスカフェ、大久保豆腐店