起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第31回・日本に来る外国人
いきなりですが、クイズです!
もしかしたらあまり自宅でテレビを見る時間帯ではないため、見当もつかない人も多いかもしれませんね。であれば、社名がわからなくても、どんなビジネスをしている会社なのかを想像して、読み進めてみてください。
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
広告をどこに打つかは、企業にとって非常に重要な課題の1つです。顧客となりうるターゲット層が集まる場所を探し、そこに効果的に広告費を投入し、サービスの拡大や認知度のアップにつなげていきます。
それは海外の企業が日本に進出しようという場合でも同様です。私もかつてボストン・コンサルティング・グループにいた頃は、海外のクライアントからの依頼で日本国内でのマーケティング調査を行うことがよくありました。
今回取り上げたCMの企業も、それと同じケースでしょう。世界中でサービス展開する企業が、日本市場でのシェア拡大に向けて集中的にCMを投入し始めたのだと思われます。
それでは解説します!
平日の14時から17時くらいの間に不定期で放送されている人気ドラマ『相棒』の再放送を見ていると、やたら目に付くCMがあります。それは、国内外の宿泊施設の料金比較ができるウェブサイト・アプリ「trivago(トリバゴ)」というサービスのCMです。
トリバゴの本社はドイツにあり、ホテルや航空券など旅行に関するオンライン予約を扱っている会社「エクスペディア」の子会社です。海外旅行をする際に簡単に安く泊まれる宿泊施設を探すことができるとあって、世界中で多くの人が利用しているサービスの1つと言われています。
サービスの性質上、同社の顧客ターゲットは「よく旅行をする人たち」となります。しかも、ヨーロッパへの旅行を楽しむ人たちとなると、ある程度長期の旅行となりますから、浮かんでくるのは「シニア層」でしょう。同社の場合も、マーケティング調査を行ったうえで「50代以上の年配の夫婦」「リタイアした悠々自適な旅行好き」といった層を意識したはずです。
『相棒』は非常に人気があるドラマで、再放送であっても視聴率が高いことでよく知られています。ここに広告費を投入するのは、より多くの人にCMを見てもらえるので効果的です。
しかもこの時間帯に再放送されているサスペンスもののドラマや時代劇などは、シニア層が好きなジャンルのテレビ番組です。その時間帯の他のCMをチェックしてみても、健康食品などを扱ったものが多いことからも、同社のターゲットとの相性も良さそうです。
でも、私が思うに、このCMの打ち方は間違っています。
コンセプチュアルに考えるだけでは、現実とのズレが生じやすい
まず、ターゲット層としているシニアの人たちは、そもそも個人旅行はしません。ほとんどの人が「クラブツーリズム」のようなパッケージツアーを利用し、「ビジネスクラスでゆったり行く○○の旅」といった旅行を楽しんでいるはずです。自分でホテルの料金を比較して予約まで行うなんてことは、まずしないのです。
それを考えただけでも、間違いだとすぐにわかりますよね。逆に同社のメイン顧客となりうるのは、安く自由に個人旅行を楽しみたい人となるわけですから、どちらかといえば「若い年齢層の人たち」と言えそうです。すると、平日の昼間のテレビCMではなく、スマートフォンのターゲティング広告の方が効果的なように感じませんか?
特にグローバル企業においては、同じ戦略をグローバルで進めたがる傾向があり、「ターゲット層はこれ」と決めたら世界中でその戦略をとろうとすることはよくあります。ですから、今回のケースもそれによるものなのかもしれません。
ターゲットとなり得る顧客を定め、彼らが好きなものを分析したうえでそこに広告宣伝を投下するというのは正しいやり方ですが、前提が一カ所崩れていたら全部が崩れてしまう、ということですよね。
しかし、この間違いはバカにできません。
今回のテーマは「カスタマーディスカバリー」というジャンルの話なのですが、実際の顧客や潜在的なお客の行動が仮説と合っているかどうかは、かなり根気づよくチェックしなくてはいけません。あくまで顧客というのは具体的なターゲットですから、コンセプチュアルに考えて広告宣伝を決めていくと失敗しがちなのです。このトリバゴの件は、その1つと言えるのではないでしょうか。
誰しもがやりがちな間違いだからこそ、気をつける必要がある
今後、海外とのビジネスは、起業家にとっても増えてくる話でしょう。それに限らずとも、事業を前に進めようという時に、単純にターゲットが誰か、その層に合った戦略は何か、でコンセプチュアルに売り方を考えると、このようなことに陥りがちです。
特に今回のトリバゴの例は、外国の企業がやっていることなので何となく違和感に気付きやすかったかもしれません。しかし、こうした間違いは日本の企業であっても十分におかしがちです。誰しもがやってしまいがちな間違いということで、ぜひ頭に入れておいてくださいね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「trivago(トリバゴ)」でした。同じ時間帯の他のCMを見ていても、健康食品や健康器具、化粧品などのCMが多いということは触れた通りですが、逆にその中にあって外国人が前面に出てくる「日本風ではない」CMを打ち続けるトリバゴのCMはインパクト十分です。見た人の印象に残るという点では、大成功かもしれませんね。
経営戦略コンサルタント
百年コンサルティング株式会社
代表取締役
鈴木貴博