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「1番向いていない」と思う世界に、あえて飛び込む。車イスホストに聞く、自分の長所の見つけ方

「あなたの長所はなんですか?」

就職活動の面接などで問われる、この質問。皆さんはどのように答えますか?

自分の短所は目についても、長所をすらすらと言える人は少ないのではないでしょうか。

今回お話を伺ったのは、寺田ユースケさん。

寺田さんには生まれつきの「脳性マヒ」があり、脚が不自由なため、普段は車イスを使って生活をしています。

しかし寺田さんはこれまで野球、海外留学、芸人、そしてホストと、様々な経験をしてきました。どれも、車イスと結びつきづらいものばかりです。

今回はそんな寺田さんの経歴、そして自らの長所の見つけ方についてお聞きしました。

<プロフィール>
寺田ユースケ

車イスホスト。1990年 愛知県名古屋市生まれ。

生まれつきの脳性マヒがあり、足が不自由のため車イスを使って生活している。

19歳までは足を引きずりながら生活しており、性格も内向的だったが、20歳の時に、車イスに乗ることを決意する。車イスでどこへでも行けるようになり、性格も明るくなる。

大学在学中にイギリスに単身で1年間留学を経験。また、大学在学中にお笑いの道を志し、NSC(吉本総合芸能学院)36期生となる。

大学卒業後に上京するも、お笑い芸人への道を挫折。その後、歌舞伎町でホストクラブを経営する手塚マキ氏と出会い、歌舞伎町ホストクラブ・Smappa!Group「APiTS」で『お酒の飲めない、終電で帰るホスト(源氏名)クララ』として働く。

現在は同社のオフィスで働きながら、ラジオのパーソナリティ、本の執筆、車イスヒッチハイクで日本全国を駆け回る「HELPUSH(ヘルプッシュ)」の立ち上げなど、様々な方面で活動している。

車イスで、ホスト? “クララ”誕生の経緯

―車イスホスト“クララ”として活躍されている寺田さん。ホストクラブで働くことになった経歴から、教えてください。

寺田さん
大学在学中にお笑いの道を志し、NSCというお笑い養成所に入学しました。

大学卒業後は上京し、東京を拠点に芸人として活動をしていたのですが、生活できるほどの収入を得ることはできませんでした。

収入がないなら芸人以外の仕事、アルバイトをして生計を立てていこうと思ったのですが、車イスでできるアルバイトってかなり限られてしまうんです。

―立ち仕事や移動の多い仕事ですと、なかなか難しいですよね。

寺田さん
はい。

そうなると必然的にコールセンターなど、座っててもできる仕事になるのですが、正直芸人を志す僕の中ではあんまり乗り気になれなかったんですよね。

―なぜでしょうか?

寺田さん
足が不自由だからコールセンターで働くだと、みんなの予想を良い意味で裏切れないじゃないですか(笑)。車イス芸人として活動していく中で、他の芸人さんや、お客さんの「予想の範囲内」ではいけないと、当時は強く思っていたんです。

とはいえ悩んでる内に、どんどんお金がなくなってしまって「これはまずいぞ…!」と。

そんな時、知り合いから紹介されたのが、歌舞伎町でホストクラブを経営する、手塚マキさんだったんです。

「なんで僕がホストクラブ?」と、最初はとてもびっくりしました。

でも信頼する先輩からの紹介であったこと、その時すでに芸人としての夢に破れていた僕にとって他の選択肢を見つけられなかったことから、もう勢いで「ホストやります!」と伝えました。

※手塚マキさんの記事はこちらから!
ホストをステップの1つにしてほしい。元カリスマホストが「歌舞伎町ブックセンター」を立ち上げた理由
https://entrenet.jp/magazine/12645/

―車イスとホストの世界が、正直なかなか結びつかないのですが、ホストとして仕事をしていける自信はあったのでしょうか?

寺田さん
いえ、全くありませんでした。

今となってはお恥ずかしい話なのですが、二つ返事でお願いしたにも関わらず改めてホストの世界に入ると思うと怖くなってしまって、マキさんのこともめちゃくちゃビビってました。

新しい夢を追いかけるチャンスを頂いたのにも関わらず「いっそ面接で落としてほしい…」と思ったほどです。矛盾してますよね(笑)。

―ですが、落とされずに受かってしまった(笑)。

寺田さん
はい。しかも即決でした。

マキさんとお会いして、ものの数分で「いつから出勤できる?」「源氏名は…クララでいい?」と聞かれましたから(笑)。

―マキさんはなぜ即決したのでしょう?

寺田さん
後々分かったことですが、僕を雇うことで、従業員のホストたちに障がい者と共に働く、ということを学ばせたかったそうです。

また、知人がホストの仕事を勧めた理由は、お金どうこうの問題じゃなくて、そんなマキさんの元で、僕に生き方を学ばせてくれようとしたんだと思います。

僕は僕のやり方でお店に貢献したい。「お酒が飲めない・終電で帰るホスト」の働き方

―ホストになってからはいかがでしたか?

寺田さん
最初は「ホスト=女性を騙す悪い人、チャラチャラしている人」という偏見がなかなか取れずに、一緒に働く仲間にも警戒していました。

今でこそ気づかせてもらったことなのですが、当時は心の中で「ホストには染まらない」と、壁を作っていたところがあったんだと思います。

当然、周りから孤立してしまい、仕事も上手くいきませんでした。

―その状態をどう乗り越えたのでしょう?

寺田さん
一緒に仕事をしていく内に、仲間たちの優しさや温かみに触れて、少しずつ価値観が変わっていきました。

実際に働いている仲間は、僕と同じようにそれぞれの事情を抱えながらも、ホストという仕事に誇りを持って働いていると知って、ホストへの偏見が次第になくなっていきました。

また、僕はあまりお酒が飲めないんです。それに電車でないと家に帰れないので、終電で帰らせてもらう日が多かった。

それでもマキさんをはじめ、お店の仲間たちは優しく受け入れてくれました。

そんな彼らと接する内に「僕は僕のやり方で、お店に貢献しなくちゃ」と思うようになったんです。

―どんなことで貢献したのですか?

寺田さん
本来であればやるべき閉店後の掃除ができないのであれば、僕にできる仕事を探そうと思いました。

車イスでホストをやっていることを生かして、自らがブログやSNSでお店のことを宣伝したり、ビジネス交流会に出向いて「歌舞伎町で車イスホストやってます!」なんて営業もしてみたり。

そして、ホストのみんなから「みんなと同じことが出来なくても、仲間でいられる」と教えてもらったんです。

僕は、自分が障がい者として生きていて、「障がい者=ネガティブ」と一辺倒なイメージで思って欲しくないんです。

明るい人もいれば、暗い人もいる。

1人1人違う個性を持っていることを見て欲しいと活動しているはずなのに「ホスト=女性を騙すような怖い人」というイメージで、無意識に差別してしまっていたことに気づかせてもらいました。

―現在もホストを続けているのでしょうか?

寺田さん
いえ、たまにお店に顔を出す時もあるのですが、今は「歌舞伎町ブックセンター」の書店員をやっています。

また「HELPUSH」という活動も行っています。

―「HELPUSH」とは、どんな活動なのでしょうか?

寺田さん
『全ての人が、もっと気軽に「助けて」と言えて、もっと気軽に「後押し」できる世の中にできたら』というコンセプトのもと、道行く人たちに「ちょっと車イスを押してください!」と声をかけながら旅をしています。

気軽な助け合いを広める車イスヒッチハイクの旅です。

―まさに、寺田さんならではの活動ですね。

寺田さん
ホストの仕事でも痛感しましたが、障害があるないに関わらず、全ての人に得意なこと、不得意なことってあるんです。

僕の場合、脚が原因でいろいろなことが不得意ですが、その分、僕だけにしかできないことだってたくさんあることに気が付きました。

やってもないのに「最初から無理」と、決めつけない。車イスホストに聞く、長所の見つけ方

―寺田さんは得意・不得意の差について、おそらく人よりも、ずっと考えられてきたのではないかと思います。そんな寺田さんに伺いたいのですが、自分の得意なこと、すなわち長所を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか?

寺田さん
僕は、自分が向いていない世界になぜか飛び込んでしまったことで、結果的に大切なことを教わり、道を開いていきました。

そして車イスとは程遠い世界だなと思いながらも挑戦していくうちに、できることとできないことが明確に見えてきました。

―どういうことでしょう?

寺田さん
僕は大学時代、クラスで1番「面白くない」と言われていたのにも関わらず、お笑いの世界に入りました。また恋愛も失敗ばかりで、ろくに女性と話したこともなかったのにホストになった。

でも、お笑いで学んだ物事を違う角度から見る発想力や、ホストで1人1人のお客さまと向き合うことは、HELPUSH(ヘルプッシュ)の活動にも活きているのです。

僕の中に、今でも芸人の僕がいて、ホストの僕もいる。そこに車イスというまだ未開拓のフックがかかり、面白い人生を歩めています。

「自分にはできない」と決めつけるのではなく、流れに身を任せるように、まずはやってみることが大切だと思っています。

―「車イスだからできない」と判断するのではなく、まずはやってみて、できることとできないことを細かく分けてみる、ということですね。

寺田さん
初めから無理そうだから、といって諦めてしまったら、何も始まらないじゃないですか。

僕自身、もちろん最初は「健常者に負けたくない」という思いから、無理してがんばってきたところもありました。

しかし障害があろうがなかろうが、人間なら得意なことも苦手なこともある。ホストの仕事を通して、そこに気がつきました。

そして一通りやってみて、どうしても苦手なことは人に頼ればいい。逆に自分が得意なことで、周りに貢献できることを考える。

人に頼れるようになるためにも、そして自分の得意を見つけるためにも、まずはその世界に飛び込んで、経験してみる。それが1番だと思います。

人が「車イス」と聞いて想像する、最も遠いところへ行きたい。

―寺田さんのこれからの目標をお聞かせください。

寺田さん
車イスの僕だからこそ、「できること」を増やしていきたいです。

昨年の12月、僕は初めての著書『車イスホスト。』を出版しました。

なので今年は、SNSやメディアなどを通して「HELPUSH」の活動や僕の話を、よりたくさんの人たちへ発信していきたいですね。

僕は、人が「車イス」と聞いて想像する、1番遠いところに行きたいんです。そしてまず、自分自身を驚かせたい。

そうして僕が歩んできた足跡が、障害を持つ多くの人たちにとっての、光になれるようにがんばっていきたいです。

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支払調書は、その名称から「仕事に関わる何かの支払いが書類になるらしい」くらいのことは分かるかと思いますが、具体的には何が書かれているのでしょう?

内容について確認しながら、個人事業主が必要な処理についても学びましょう。

支払調書とは「法定調書」の一部である

国内で事業を営む者は、規模の大小を問わず「法定調書」を作成しなければなりません。

「法定調書」という名称の通り、所得税法や相続税法等の法律で定められた資料で、現在では60種類あります。

こと中小事業者の実務では、「法定調書」とは以下のようなものを指します。

1.給与所得の源泉徴収票

役員報酬を支払っていたり、従業員を雇って給与を支払っていたりする場合です。

その年内の支払額や天引きした社会保険料、源泉所得税等の情報をまとめた源泉徴収票を作成し、役員や従業員本人に渡さなければなりません。

また、役員・従業員といった役職や年内の支払い金額などの条件に応じて、一部の源泉徴収票は所轄税務署にも提出する必要があります。

加えて、源泉徴収票と同様の情報が記載された給与支払報告書を全員分、それぞれが居住する市区町村の役所に提出しなければなりません。

市区町村は、提出された給与支払報告書を使って個々人の住民税の計算をするのです。

2.報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書

弁護士や税理士といった士業、プロスポーツ選手、作家やデザイナーなど、対象となる業種に一定金額以上の支払いをしている場合には、支払先の名称や住所、その年内の支払総額や源泉徴収税額を記載した支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

3.不動産の使用料等の支払調書、ほか不動産関係の支払調書

事務所や社宅、貸駐車場の賃料等を、同一人に対して年内に15万円超を支払っている場合、貸主の名称や住所、支払賃料を記載した支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

ただし、貸主が法人の場合には、提出義務がある支払いは権利金や更新料等のみに限定されます。

そのほか、不動産に関しては不動産の購入時に支払った対価や仲介料についても支払調書を作成しなければなりません。

世間では「法定調書」・「源泉徴収票」・「支払調書」という3つの言葉が混同して使われていることが少なくありません。

それぞれの言葉の関係について、正しく理解しておきましょう。

個人事業主は状況によって対応が異なる

実は個人事業主については、状況によって支払調書への対応が大きく異なります。

1.誰も従業員を雇っていない場合

支払調書を作成する義務があるのは源泉徴収義務者に該当する場合です。

源泉徴収義務者とは“法人”と「青色事業専従者、アルバイトを含めて賃金給与を支払っている個人事業主」です。

つまり1人だけで仕事をしている個人事業主は、源泉徴収義務者に該当しないので支払調書を作成する義務はありません。

また、社員を雇っていないのだから、当然に源泉徴収票も作成する必要がありません。

逆を言えば、もし1人でも社員を雇った場合には源泉徴収義務者に該当しますので、源泉徴収票や支払調書を作成しなければならなくなります。

2.不動産関係の支払調書について

「源泉徴収義務者に該当すれば支払調書を作成する義務がある」と上述しました。

しかし、実は個人事業主の場合には、その作成範囲が限られています。

不動産の使用料等の支払調書やそのほか、不動産関係の支払調書ですが、提出が必要なのは“法人”と「不動産業者である個人事業主」です。

従って、個人事業主は不動産業を営んでいる場合以外は、不動産関係の支払調書は作成の必要がないこととなります。

3.不動産業者以外の個人事業主について

社員を1人でも雇ったら、源泉徴収票や報酬の支払調書を作成しなければならない。

提出先は税務署!

支払調書については、その提出先についても誤解が多いようです。

弁護士や税理士、プロスポーツ選手や芸能関係、作家やデザイナーなどに1年で一定金額以上の支払いをしているときには、所定の書式に従って資料を作成し、個人事業主の所轄税務署に提出をします。

しかし、提出先は“支払先”ではなく税務署だということを知らない方が少なくありません。

一般的には、支払いを受けた弁護士等に対して支払調書を交付することが商習慣となっているようです。

しかし、これはあくまでも任意でやっていることであり、法律で定められた義務ではありません。

実はこの点は、マイナンバーの取り扱いに関わってきます。

ご存知だと思いますが、2016年からマイナンバー制度の運用が始まりました。

「支払調書」についてもマイナンバー制度は適用されていて、税務署に提出をする「支払調書」には、支払先の弁護士等からその人のマイナンバーを預かって記載することとなっています。

ただし、マイナンバーを記載するのは税務署に提出をする資料だけです。

支払先本人に任意で手渡す支払調書は、税務署に提出をする資料ではないのでマイナンバーを記載してはいけません。

良かれと思って支払先に交付をしたらマイナンバーの取り扱い違反をしてしまった、なんてことにならないように注意しましょう。

提出範囲や書き方の詳細は国税庁のホームページで確認を!

支払調書をはじめとした法定調書の書き方は、毎年秋口に国税庁ホームページに掲載されます。

源泉徴収票や報酬の支払調書については、上述した通り、支払った先の立場や金額によって提出の有無が異なります。

提出が必要な範囲や具体的な記載方法については、こちらで詳細を確認しましょう。

また、実際に「支払調書」を提出する際には「法定調書合計表」を作成した上で提出をする必要があります。

この合計表の作成方法も国税庁ホームページにて記載されています。

参照:国税庁「平成30年 給与所得の源泉徴収票等の法定調書の作成と提出の手引」

まとめ

支払調書は「法定調書」の一部です。

個人事業主が1人でも従業員を雇用した場合、弁護士やスポーツ選手に支払った報酬について支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

支払先本人への提出はあくまでも任意です。

提出の範囲や詳細な書き方は、国税庁のホームページで確認してください。

PROFILE

税理士 高橋昌也

2006年税理士試験に合格し、翌年3月高橋昌也税理士事務所を開業。
その後、ファイナンシャルプランナーの資格を取得し、商工会議所認定ビジネス法務エキスパートの称号取得などを経て、現在に至る。
[保有資格等]
AFP、税理士、商工会議所認定ビジネス法務エキスパート

2018年12月14日

起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。 (さらに…)

2018年12月14日

ものは、売ることも買うことも難しい。

これだけ世の中に商品があふれていると、価格・デザイン・機能など、選択肢は様々で、何をどう選べばいいか分からなくなり、選ぶことそのものが億劫になる。

そんな世の中で自社の商品を買ってもらうためにはどうすればいいか? 多くの人は商品に他とは違う付加価値を持たせようとするだろう。

アフターフォローや機能など、商品には様々なエッセンスを付け加えることができるが、大抵のことはやりつくされてしまっているので、それでもやはり差別化は難しい。

ではどうすれば良いか? 方法として考えられるのは商品そのものに「オリジナリティ」を持たせることだろう。そのような時に参考にしたいブランドがある。まずはこの動画を見て欲しい。

動画に映るのは、パッと見はなんの変哲もない丸い板のように見えるコインケース。
しかし、どうだろう。片手でケースの両端を押せばパカっと開き、たちまちコイントレーになった。片手が荷物でふさがっていてもこれならレジで困らない。

このようなアイデアとギミックを詰め込んだ革小物を製作・販売しているのが「sugata」というブランドだ。sugataの代表を務める染谷昌宏さんは、義手や義足などの医療用装具を作る「義肢装具士」からデザイナーに転身した異色の経歴の持ち主。染谷さんはなぜ転身しようと考え、どのように商品のアイデアを生み出しているのだろうか?

<プロフィール>
染谷昌宏さん

義肢装具士として義肢装具の製作に8年間従事。
2015年に自身のブランド「sugata」を立ち上げる。
Japan Leather Award 2015レディースバッグ部門賞受賞。
第12回TASKものづくり大賞優秀賞受賞。

国家資格取得を目指し、専門学校へ。その進路でデザインと出合った

− 染谷さんは義肢装具士として働いていたとお聞きしました。そもそものお話で恐縮ですが、義肢装具士とはどのような仕事なのでしょうか?

染谷さん
逆にどのような仕事だと思いますか?

− 義手や義足を作る仕事でしょうか?

染谷さん
一般的に義手や義足をつくる仕事というイメージが強いかもしれませんが、実際にはそれらは全体の仕事のごく一部です。正確には、「身体を支える、保護する道具」をつくり、身体にフィットさせる仕事。義手や義足だけでなく、コルセットやヘルメット、靴の中敷きまで手がけます。

国家資格が必要な仕事ですが、僕が義肢装具士になった当時は3000人くらいしか資格取得者がいないマニアックな仕事でした。もともと徒弟制度で技術が受け継がれていて、資格ができたのも比較的最近のことなんです。

− なぜそのような珍しい仕事に就こうと思ったのでしょうか?

染谷さん
高校生の時に進路を考えていたら、たまたま図書館に置いてあった本で知ったんですよ。面白そうな仕事でしたし、「手を動かすのが好きで、ものづくりも得意だから向いているんじゃないか」と思い、その道を選びました。

資格が必要な仕事なので、高校卒業後は資格習得のために専門学校に入学。装具を作るためには様々な知識が必要なので、学校では人体の動きを理解するために「解剖学」や「生理学」はもちろん「美術」や「デザイン」も学びました。これがデザインと僕の最初の出合いです。

染谷さん
僕は専門学校入学当初、「デザインは単なる装飾だ」と思っていたんです。でも、学んでいくうちに「デザイン」は単なる装飾じゃなくて、課題解決のプロセスだと感じました。

たとえば、電車の中吊り広告は「ものを売りたい」という課題をビジュアルで解決しています。装具は不自由な身体を道具で支えるために最適な形をしていますし、革の財布はお札や硬貨を取り出しやすい形をしているはず。

「デザインは何かしらの問題意識や課題から生まれ、デザイナーはそれを解決するために最適な色や形を選んでいるのでは?」と思ったんです。その思いが確信に変わったのは、デザイナーの方々と共同で取り組んだ卒業製作の時でした。一緒に製作を進め、彼らの考えを聞くうちに、やはりそうだったんだって。

− それだけデザインへの熱意が高まっていたのなら、そちらの道に進んでしまおうとは思わなかったのでしょうか?

染谷さん
当時は思っていなかったですね。義肢装具士になりたいという思いは変わりませんでしたし、専門学校のカリキュラムは学ぶことが多すぎて、ついていくのに精一杯でした(笑)。

お客さんのニーズと心に向き合った8年間、その経験がデザインの基礎力を作った

染谷さん
専門学校を卒業した後は義肢を製作する会社に入社して、晴れて義肢装具士になりました。入社して3年間は先輩に付き添ってもらい、病院にいる患者さんを訪ねて装具を作っていましたね。

− 当時苦労したことはありますか?

染谷さん
フィット感を出すことでしょうか。僕らは靴に小石がひとつ入っていても違和感を覚えますよね。それくらい人体は敏感なものなんです。

身体の形はひとりひとり違うし、日によってむくんだりもする。なんなら患者さんの心の状態もフィット感を左右します。単に技術があればいいかというとそういう訳でもなく、患者さんが装具のどこに不快感を覚え、どう直して欲しいかを話し合わないと患者さんには満足してもらえません。

デザイナーの仕事は「課題解決」。義肢装具士として人の課題と心に寄り添う繊細な仕事をしていた経験は、今の仕事にも活かされてると思います。

− 義肢装具士からデザイナーへ転身しようとしたきっかけはあったのでしょうか?

染谷さん
はっきりとしたきっかけはありません。ただ、入社して数年が経ち、余裕も出てきたんでしょうね。自分のやりたいことに目が向くようになって、装具のような「1点もの」から、より多くの人の課題を解決できる「レディメイド(既成品のこと。対義語はオーダーメイド)」へ興味が移っていることに気づいたんです。

日に日にその思いは強くなっていきました。ならば、まずは自分のプロダクトを作る必要があると思い、入社4年目にものづくりを始めたんです。当時は会社で廃棄される革の端材をもらって、小物を作っていました。

− 革を選んだのはなぜでしょう?

染谷さん
少ない道具で様々なことができるから、ですね。最低限、革包丁と針と糸があれば物が作れるし、試行錯誤しやすくコストも手頃。ひとりで小さく始めるのに適していたんです。

入社5年目には本格的に技術を学びたくなり、革職人さんの教室に通い始めました。この頃から独立を考えていましたね。入社して7年目の2011年には結婚、翌々年に独立。その後、2015年に自分のブランド「sugata」を立ち上げました。

立ち上げ後は、百貨店や美術館の催事に出店したり、セレクトショップなどで商品をお取り扱いいただいています。また、最近では、他の企業様へのデザイン提供にも取り組んでいます。

「ものが存在する動機・必要な機能」と徹底的に向き合えば、唯一無二な製品ができる。

− 「sugata」の製品は、すごくミニマルですよね。それでいて、キーが落ちないキーケースとか、片手で開けられるコインケースとか、ひとつひとつに使いやすいアイデアが詰め込まれています。これらの製品はどのように製作されているのでしょうか?

染谷さん
ブランドを立ち上げてからずっと、僕は正攻法のデザインがしたいと思っているんです。正攻法のデザインとは、「その物が存在する動機はどこにあるか、物にどのような機能が必要か」を突き詰めていくこと。

このキーケースで説明しましょうか。
キーケースに必要な条件や機能は「鍵を守り、取り出しやすくする」こと。このキーケースはキーリングに合わせて革のケースにスリットを設けています。鍵にリングを取り付け、ケースにストンと落とすと、リングがスリットにはまって抜けなくなるんです。

染谷さん
取り出す時は、ケースの両端をつまんでキーリングを引き上げるだけ。特別な操作も必要なくスマートでしょう? 「鍵を守り、取り出しやすくする」ことに相応しいデザインを備えていると思います。

− 先ほど見せてもらったコインケースはなぜこの形になったのでしょうか?

染谷さん
コインケースは、持ち運びやすくしたいですよね? だから携帯時はポケットの中で邪魔にならないよう、平たくしたかったんです。でも、平たいと取り出し口が狭くなるので不便になります。だから取り出す時は立体にしたかった。

「平たいのに立体」という矛盾を解決するために僕は折り紙を参考にしたんですよ。折り紙は平たいのに立体にもできるじゃないですか。

染谷さん
このコインケースも最初は折り紙に習って6角形にしていたんですが、手の馴染みを良くするために丸い形にしています。そうそう、同じ折り紙から着想を得たコインケースがもうひとつあるんですよ。これも広げるとコイントレーのようになります。

染谷さん
僕はデザインをする時に、物の性質や機能を因数分解して取り出しているんです。様々な行為に最も適した普遍的な形がきっとある。物が形づくられた意図に気づき、デザインを楽しんでもらうためには、色や柄は余計になってしまいます。だから僕の作るものはモノトーンを基本としているんです。

− ものすごくロジカルにアイデアを生み出しているんですね。これだけシンプルなものだと真似されてしまいそうですが...。

染谷さん
実は真似されてもいいと思っています。大企業なら問題になるかもしれませんが、これだけネットやSNSが発達していますから、「元をたどれば染谷がいた」と気づいてもらえれば、それがかえって宣伝になるんじゃないかと。だから、僕は真似されることについては、あまり不安に感じていないんです。

− これから染谷さんはどのような商品を作っていきたいのでしょうか?

染谷さん
理想は「亀の子たわし」ですね。多くの人は、それをどこの誰がつくったのかまでは、あまり意識せずに使っているように思いますし、そもそもデザインとして認識されることも少ないかもしれません。

ですが実際のところ非常に合理的で、デザインと用途、製造工程までが一致していて無駄がない。普遍性を宿しつつ、プロダクトとして一級品だと思っています。僕はそんな亀の子たわしみたいなプロダクトが作りたいんです。

ありがたいことに、定期的に出展させていただいてる展示会などでも、ご好評をいただいておりますので、これまで以上に販路を拡大して商業的にも成功させていきたいと思っています。

(インタビュー終わり)

「商品にどのような機能が必要か」を考え、奇をてらわず正攻法のデザインをする。この姿勢を商いにも活かせないだろうか。

世の中にはサービスや商品が溢れている。だから差別化をしようとして要素を付け加えてしまう。染谷さんの考えはその逆で、物に求められる機能と形をとことん突き詰めて、普遍性を宿したプロダクトを生み出している。

普遍性を宿したものは色褪せない。生みだすために時間はかかるかもしれないが、それはきっと商品の強みになるだろう。

<オンラインショップ>
■紳士の持ち物
URL:http://shinshimono.jp/
■mono shop(モノショップ)
URL:http://www.monoshop.co.jp/

取材・文 鈴木雅矩(すずきがく)

ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。
帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。

2018年12月13日

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