福岡県直方(のおがた)市。
豊かな自然に囲まれた、川沿いにあるこの場所に、行列のできる食パン専門店があります。
そのお店の名前は「一本堂 直方店」。そしてそこのオーナーを務めるのが、山口勲さんです。
かつては大手メーカーで半導体の製作をしていた山口さんは、2年前に独立。今では毎日行列のできる食パン専門店「一本堂 直方店」の経営者を務めています。
食パン専門店という全くの異業種。山口さんが独立したワケをお聞きしました。
山口勲さん
焼きたて食パン一本堂 直方(のおがた)店オーナー
福岡県出身。
大手メーカーに就職し、半導体部門に配属される。
22年間勤めた後、41歳で早期退職者募集に応じて退社。
退職金を資金に、住まいがある直方で「一本堂直方店」をオープンする。
22年間、「辞めたい」が口ぐせだった―。義父に憧れて選んだ、独立という道
―山口さんのご経歴を教えてください。
高校を卒業してすぐに、大手のメーカーに就職しました。
その後半導体を作る部署に異動して、現場での仕事や管理職、海外勤務などを経験し、22年ほどその会社に勤めていました。
―22年も勤続されていたということは、前職の仕事がお好きだったのでしょうか?
いえ、決してそうではありませんでした。
やはり組織である以上、避けられない人間関係の問題には常に頭を抱えていましたし。いつもどこかにストレスを感じていたんです。
家に帰っても会社の愚痴ばかり…(笑)。「会社を辞めたい」が口ぐせになって、毎日を過ごしていました。
―でも22年も辞めなかったんですよね? なぜでしょう?
職種や勤務地がちょこちょこ変わったりして、何年かの周期で目新しさがあったんです。
新しい場所で仕事を覚えて、ある程度できるようになったらまたジョブチェンジ、というサイクルを繰り返して、気づいたら22年も経っていました。
あと正直、給料が良かったですし(笑)。
―そんな山口さんの背中を、何が押したのでしょう?
妻のお父さん、私の義理の父の存在ですね。
お義父さんは、人の悪口を言わないんですよ。話していてとても気持ちのいい人なんです。誰にでも愛情を持って接している、というか。
それに対して、私は口を開くと、いつも会社や同僚への悪口ばかりでした。
―それで、お義父さんへの憧れが芽生えたんですね。
はい。「どうしたらお義父さんみたいな人になれるんだろう?」といつしか真剣に考えるようになりました。
そこで出た答えが、経営者になることでした。
お義父さんは、小さな会社を経営していました。
なんでも前のめりになって、自ら仕事を作っていく経営者としてのスタイルが、お義父さんの人間性を形成しているのではないかなと思ったんです。
そこで2年前、勤めていた会社で早期退職者の募集が始まった時、思い切って会社を辞めることを決意しました。
1番変わったことは、仕事への姿勢。食パン専門店で独立することへの覚悟
―早期退職制度を利用して、22年間勤めていた会社をお辞めになる決意をされた、山口さん。一本堂とは、どのように出会ったのでしょう?
私の実父が料理人だったこともあり、飲食店にはずっと興味がありました。
なので、飲食関係の領域を視野に入れて、『アントレ』で独立開業の道を探し始めたんです。
そこでいろいろと検討を重ねる内に、一本堂と出合いました。
― 一本堂の何が山口さんを惹きつけたのでしょうか?
食パンの「専門店」というところに興味を持ちました。
どんなに人気のパン屋さんでも、めちゃくちゃ売れて品切れになるのって、いいとこ売り上げ1〜3位のパンだけじゃないですか?
逆に人気店でも、そのお店で有名じゃないパンは、比較的売れ残ってますよね。
なら、たくさんの種類を作るのではなく、あえて「食パン」だけに特化して、圧倒的なクオリティを出して話題になれば、必ず商売ができると思ったんです。
―それで一本堂を選んだ、というわけですね。独立に関して、奥さまはどのような反応をされましたか?
最初は大反対されました(笑)。
会社を辞めることには賛成してくれていたんですが、私が「食パン専門店で独立したい」と言い出したら、とても怒られましたね…。
「パン屋の経験も、経営のノウハウもないのに、どうやってやるの? それってほんとにあなたのやりたいことなの?」と、問い詰められました。
―どう説得されたのですか?
「お義父さんみたいに、独立して経営者になりたい」こと、「もともと飲食関係の仕事がやりたかった」ことを真摯に伝え続けました。
さらに本部と話し合った収益モデルを妻に見せて、今後もちゃんと継続して収益を出していける見込みがあることも、同時に伝えたんです。
そしてようやく妻に納得してもらい、独立を果たしました。
―独立して、会社員生活から変化したことはなんですか?
1番変わったことは、仕事への姿勢ですね。
人から指示されたことをやる、いわゆる「従業員マインド」ではなく、率先して自分から能動的に仕事をするようになりました。
もちろん開業してまだ1年程度なので、接客に店舗マネジメントに、まだまだ課題は山積みなのですが、以前のような愚痴だらけの毎日からは脱することができました。
今はとにかく「お客さまにどうやったら喜んでもらえるか?」を考えて、試行錯誤を繰り返しています。
アナタはどんな仕事がしたくて、どんな人になりたいのか。独立を検討する際に考えるべきポイント
―山口さんのこれからの目標を教えてください。
開店から1年が経ち、おかげさまでリピートしてくださるお客さまが増えていて、1人あたりの単価は高くなっています。
しかし一方で、もっとたくさんのお客さまにも足を運んでいただきたいと思っています。
どうやったらご新規のお客さまに来ていただけるか、試行錯誤を繰り返しています。
―これから独立・開業を考えている方へ向けて、異業種から独立を果たした山口さんならではのアドバイスをいただけますか?
私は半導体を作る仕事を辞めて、食パン専門店のオーナーになりました。
しかし異業種からでも同業種でも、結局のところ、仕事に対してどれだけ一生懸命になれるかだと思います。
仕事に対して熱意がなければ、経験があろうがなかろうが、独立しても続きません。
異業種か同業種かを気にするよりも「自分がどんな仕事がしたくて、どんな人になりたいのか」の部分がブレていない方が大切です。
もし、独立を考えているのであれば、その部分をもう一度自分に問いただしてみると、良いかもしれません。