いりさわ・めぐみ/新潟県出身。四尺玉の花火発祥の地として有名な片貝町に育ち、短大卒業後、リモコン製造会社と車検専門店に勤務。結婚を機に夫の仕事で関東に8年間暮らした後、生まれ故郷へ戻り、地元を盛り上げたいと起業。1児の母でもある。
小千谷市内に養鯉場は多数あるが、錦鯉を専門に販売する実店舗は同店のみ。ショップには錦鯉飼育の初心者など、「遠方からわざわざ来た」というお客さまが多い
事業を営む母が所属する法人会で「小千谷市ならではのビジネス」が議題に上り、母から相談されたことから、事業アイデアを考え始めました。時代的にインターネットの活用は欠かせないと思ったのですが、地元名産の米やお酒、蕎麦、花火はすでにITを活用しているところも多い。悩みながらもアンテナを立てていた時、地元にある錦鯉の資料館「小千谷市錦鯉の里」で水槽飼育されている小型の錦鯉を初めて目にしたんです。
錦鯉も小千谷の名産のひとつですが、錦鯉というと、「庭に池のあるお金持ちの愛好家が愛でるもの」というイメージがありますよね? 私もそうだったので、水槽で泳ぐ錦鯉にビックリ! しかも、サイズが小さい。そういう特別な種類のものだと思ったんです。ところが、資料館の人に聞くと、「錦鯉は器のサイズに合わせて成長を自分でコントロールする特性がある」と。一定の広さを保つことで飼育する「しめ飼い」という方法なら水槽飼育ができると言うのです。それを聞いて、ひらめきました。
泳ぐ宝石に魅せられたメイン顧客は、やはりマンションに暮らす家族やひとり暮らしの男性など。水槽飼育に必要な資材と錦鯉3品種がセットで1万9800円から
地方は一軒家に住む人も多く、庭を持つ人も多いですが、都市部はマンション住まいが多数。「錦鯉を飼う」という発想すらないはずです。でも、水槽でも飼えるとしたら……。これまで錦鯉購入者のターゲットだった「池のある庭を持ち、何百万円もする錦鯉に価値を感じて飼う愛好家」ではなく、都市部の一般家庭や商業施設などをターゲットに手頃な価格の錦鯉を販売したらニュービジネスになると。ずっと地元に住んでいたら、マンションで飼える意外性に着目しなかったはずですが、夫の仕事でマンション住まいを経験していたことがヒントになりました。
そこで、資料館や地元の養鯉場に相談したり、錦鯉に関する文献を読みあさったり、錦鯉に関する知識を付けていきました。一方で、水槽を何十個も並べて実際に自分で錦鯉を飼育することで、水槽飼育に適した環境を研究。そして、飼育環境の異なる一般家庭や企業、店舗など十数軒にモニターとして飼育してもらうことでさらにリサーチ。お客さまに提案できる飼育マニュアル作成も念頭に置きながら、様々なデータを取っていきました。
いろいろ調べてみたのですが、水槽飼育の錦鯉を専門販売するネットショップはありませんでした。ということは、斬新な事業といえるかもしれませんが、逆にいえば、誰も知らない信用度の低い事業ともいえます。そこで、錦鯉に関する協会や組合、地元の商工会議所などに加盟し、オンラインショッピングの安心の目安といわれる「日商オンラインマーク」も取得しました。
また、専門家からビジネスアドバイスが受けられ、開業資金の一部が助成される、にいがた産業創造機構の「にいがた・ニュー・エジソン育成事業」に申請。幸いなことに、地元に根ざした事業だと認定されました。さらに、母親のオフィスの一部スペースを間借りして実店舗も開業するなど、徹底して信用度を上げる努力をしていきました。開業してまだ日は浅いですが、伝統ある業界で新しいことができたのも、地の利や地元の方々の協力があったからこそ。地元の声援に報いられるよう、小千谷から全国へ、世界へと「泳ぐ宝石」を発信していきたいと思います。
農機具の卸・販売をしている母が所属している法人会で「地元を盛り上げる小千谷市発信のビジネスはないだろうか?」という話になり、相談を持ちかけられたことがきっかけです。私のひとり娘も成長しましたし、そろそろ勤めに出ようかなと考えていた時だったので、雇われるのではなく、自分でビジネスをするという考え方もアリかと。様々なビジネスを考えている時に、地元名産の錦鯉に着目。錦鯉についての勉強やマーケティングを続けていく中で、「このビジネスはイケる!」と確信。起業しました。
約250万円です。パソコンや電話、水槽購入代などで40万円。Webサイトの制作費が15万円。ネットモールに入るための契約金などが35万円。パンフレット制作費が40万円。錦鯉の展示会への出展費などで10万円。前家賃が5万円。残りは運転資金です。
100万円は貯蓄です。150万円は、オフィスの一部スペースを実店舗として借りている母の会社から借り、半期ずつ返済しています。また、にいがた産業創造機構の「にいがた・ニュー・エジソン育成事業」に認定されたので、開業のために使った設備費などの経費の3分の2は、開業後に助成金を得ています。
ありがたいことに、地元では本当に多くの方に支援してもらえました。小千谷の錦鯉の養鯉場は、新潟県中越地震で大きなダメージを受けた産業でもあるので、養鯉場を営む方の応援の声はとっても嬉しかったです。さらに夫はパソコン素人の私を支えてくれました。
見込んだとおりの市場があると確信していましたが、とはいえ、水槽飼育を打ち出した錦鯉専門のネットショップはほかに見当たらなかったので、そこはやっぱり不安でしたよ。それと、リサーチして自分でつくり上げていった飼育マニュアルでトラブルがないかどうかですね。おかげさまで現在のところ、想定外のトラブルは発生していませんが、生き物を扱うわけですから、毎日が新しい勉強です。
地元の商工会議所や法人会、にいがた産業創造機構などの行政機関や、錦鯉に関しての各種協会・組合ですね。あとは、インターネットでしょうか。
錦鯉に関しては、地元にある資料館「小千谷市錦鯉の里」や養鯉場の方です。ビジネスの「ソロバン」に関わる相談は、にいがた産業創造機構の事業アドバイザーで、「ロマン」にかかわる相談は、先輩起業家ですね。「にいがた・ニュー・エジソン育成事業」に認定されている先輩は、独自性のあるビジネスで、ロマンとソロバンのバランス感覚に長けた方が多いので、とても刺激になりますね。
錦鯉の展示会に出展した時に、「錦鯉の水槽飼育は虐待ではないか!」と言われたことです。扱っている錦鯉は人工的に小さくしたミニチュアではありませんし、水槽飼育は入れる器によって大きさを自分で変化させる錦鯉の特性を生かした、「しめ飼い」という正当な飼育方法のひとつ。それに、高値が付かない錦鯉は処分されるケースもあります。「本格派の愛好家にとっては価値が低いけれど、手頃な金額で色も質も形も良い錦鯉をうちが扱い、幅広い層が楽しめる飼育方法を提案してもいいのではないでしょうか!」ということを展示会の場で伝えられると良かったのですが……(苦笑)。その時はショックが大きくてうまく伝えられませんでした。
錦鯉の養鯉場は、ご夫婦で営む高齢の方も多いんですね。そんな方から「あなたが頑張ってくれることで、私たちのやっていることに光が当たるのが嬉しい」と言われた時は本当に嬉しかったですし、「頑張らなくちゃ!」と襟を正しました。また、認知症のご家族を持つお客さまから「これまで、テレビをぼーっと見ている生活でしたが、錦鯉を飼ってから『キレイだね、かわいいね』と会話が増えました」と言われた時も、「錦鯉には癒しの効果もあるはずだ!」という私の考えは間違ってなかったと嬉しくなりました。それと、個人的に嬉しかったのは、娘に「“ぷれしゃす”をしているママは、かっこいい!」と言われたことですね(笑)。
もちろん錦鯉の販売自体は古くからある事業ですが、水槽飼育で、しかもネット販売となると、競合はほぼゼロ。それに、私は錦鯉について深い知識があったわけでもありません。ですので、とにかくいろんな方々にお話を聞いたり、様々なリサーチを徹底的に行いました。それが今に生きていると実感しています。市場が見えている事業をしたい方や、やりたい事業に関する知識が豊富な方もあなどらないで、情報収集とリサーチはしっかりされたほうがいいと思います。また、市場が成熟して参入しづらい業界でも、やり方を変えて考えることで斬新なビジネスアイデアが思いつくこともありますから、業界の慣習や常識を疑ってみることも大切ではないでしょうか。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報