やまもと・しげる / 東京都出身。大学時代に不動産投資の情報提供事業で起業するが、資金繰りばかり考える毎日に、将来が不安になり閉鎖。中・高生の演劇指導を行ったことを機に、アート教育を広めたいとボランティア団体を設立。後に事業化した。
古い日本家屋の一軒家に、マンガ家志望の女性8人が暮らす「トキワ荘」のひとつ。壁の向こうは同じ志を持つ仲間。モチベーションも一層高まる
ボランティア団体として、中・高校生を対象に文章表現を教える小説教室などを開催してきた期間が3年半ありました。そこから事業化しようとなった時、まず行ったのがしっかりしたビジネスモデルをつくること。誰に、どんなサービスを提供して、どこから収入を得るか、ということですね。
小説教室で出会った子の中には、ニートや引きこもりになっていく子も。しかし、彼らは文章を書く才能や、音楽をつくる才能に秀でていたりするんですよね。ニーズはここにあるじゃないか、と。小説教室という「文化」に対しては財布のヒモが固い親も、就業の可能性が生まれるとなると話は違う。ニートや引きこもりの若者が、得意分野で就業できるようサポートすることで、その親から授業料という形式で事業収入を得る、というモデルを構築しました。
インターネットラジオのパーソナリティーは、作家や映画監督などのクリエイターなどが担当。その現場は元ニートの若者たちが取り仕切っている
ビジネスモデルを考えていったものの、まだリソースが足りない、と。いくら素晴らしい小説を書く子がいても、その子の本が出版されなければ意味がないわけで。でも出版ノウハウは僕にはないですから、若者たちのやりたいことが早く実現できるよう、出版社の社長やプロの小説家などに顧問になってもらうための依頼をしました。
また、僕たちの活動を知った社会起業家支援のNPO団体に誘われ、「NEC社会起業塾」にも参加。そこで出会ったコーディネーターや受講生のメンバーにも、ずいぶん助けられましたよ。ひとりでできることには限りがありますから、ネットワークを広げるのは、非常に重要だと思いますね。
これまでサポートしていた若者や仲間の声も、事業に生かすよう心がけました。ニートのためのインターネットラジオ「オールニートニッポン」も小説教室の生徒からの提案。最初は「ネットラジオなんて聞かれてないよ……」と思ったんですが、調べるとニートの子はよく聞いてるんですよね。これは、僕たちが対象とするユーザーにメッセージを届けるにはいいツールだと取り入れました。
マンガ家志望の若者たちに格安で住居を貸すことで、スタートアップ期の支援をする「トキワ荘プロジェクト」もそうです。芝居をしていた友人に祖母の家の空き部屋を格安で貸したら、高い家賃を払うために好きな芝居の稽古の時間を削ってバイトすることがなくなった。それで友人は、フルスピードで成長したんですね。なるほどな、と。マンガ家志望の若者の多さもわかっていたので、そこからこの事業を誕生させました。ここにニーズあり!とつかんだら、そこから絶対逃げないことです。逃げると中途半端な事業プランしか描けませんから。独立準備の秘訣はここにあると思いますね、僕は。
大学時代、不動産投資商品の情報提供サービスをする会社を経営して月500時間働いていた時、売上金の入ったカバンをなくしてしまって。それを探しながら「ほかにもっと探すものがあるだろう」と大泣きしたこと。大学に講演で来たITベンチャー社長の「ドル光り」する目を見て、ああはなりたくないと思ったこと。このふたつが転機です。ボランティアを事業化したのは、悪化する社会状況を見ての切迫感で。日本の未来を明るくしたいという思いでした。
180万円です。若者支援を考えるフォーラムを開いたので、その時の会場費や集客のための広報に使ったのと、あとは事務所を借りるための保証金や人件費として。そのうちの150万円くらいを使ったと思います。
ボランティア団体を運営していた頃に、神奈川県から賞をいただき、その賞金が80万円。また、スタッフが通っていた大学にはボランティア団体などにプロジェクト活動費として奨学金を出してくれる制度があり、それを活用して100万円。その180万円を開業資金として使っています。
フリーターをしながら、ボランティア活動をしていた頃は、親は「早く就職しろ!」とうるさかったですし、心配していましたけど、NPOを始めた時は特に……。大学の後輩のボランティアスタッフたちも最初は「山本先輩、応援してます!」なんて言ってましたけどね。今は特に……(笑)。
ニートや引きこもりの子は、リストカット経験者や不登校生など、対応が難しい子が多いので、そういう意味でのリスクはありました。でも、それは不安というよりも、心配だからなぁ……。あっ、そうだ! 自分がどこまでできるのか、という自分自身の能力に対する不安はありましたね。
NEC社会起業塾から得たこと、そこのコーディネーターやメンバーから得られた情報も大きかったです。あと、雑誌か何かで読んだ「ネーミングの考え方」というのは、すごい参考になりましたね。ネーミングの前に「早い話」という言葉を付けた時に、わかりやすいのがいいネーミングという話。たとえば「早い話、藤子不二雄たちが暮らしてた『トキワ荘』ってこと」とか「早い話、起業情報が載ってる『アントレ』とか」。
これは大事ですからね、けっこういますよ。大学時代の友人たちや、NEC社会起業塾のメンバーがそうです。テニスの「壁当て」の壁みたいなもので、打つとちゃんと返ってくる、ディスカッション相手になってくれる人は、とっても大切です。
ネットラジオは広告収入を必要としていますから、もっと営業しなくちゃ、とか、トキワ荘プロジェクトは不動産事業なので、資金繰りが重要だとか、課題はたくさんあります。でも、困ったこと、というと特になくて。逆に、順風満帆すぎますね。
うーん、難しい質問。脱ニートしていった人を見るのは喜ばしいことですし、それで感謝の言葉をもらったりすると、そりゃあ嬉しいですよ。ただ、良かったこと、というと答えにくい。NPO活動で自分の目の前は少しずつ変わっていくけれど、社会全体は悪化している状況を見ると、目の前を変えるだけでいいんだろうかと。何とか明るい社会にしたいという気持ちはありますけどね。
事業は、ニーズに対して適切な商品やサービスを提供することですが、それをひとりでやったら、失敗します。「お金がないけど、オシャレしたい」という多くの人のニーズに応えたから、ユニクロという組織は成功したわけですよね。これをひとりでやろうとすると、そのニーズに中途半端にしか応えられない。だから売れない。周囲の人を巻き込み、発見したニーズにすべて応えること。それが失敗しない方法だと思います。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報